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植物工場発の漢方薬、登場はまだか?

 BIOtech2014の続きです。私がこのイベントで是非とも見たかったのは、漢方の生薬となる甘草の人工水耕栽培です。

 この研究成果が発表されたのは2011年でした。独立行政法人医薬基盤研究所の薬用植物資源研究センター、千葉大学、鹿島は甘草の人工水耕栽培に世界で初めて成功したのです。当時、話題になったので、植物工場に関心のある人なら覚えているかもしれません。

 あれから3年ほどたっているので、国内の医薬品会社がこの方式で生薬生産の事業に乗り出しているのではないか。そんな期待を持っていました。しかし担当者によると、まだそこまで進んでいないということでした。

生薬の8割を中国から輸入するリスク回避に期待

 これまで、植物工場というか、人工水耕栽培システムで甘草を栽培するのは難しいといわれていました。生育はするけど、甘草の肝心な成分であるグリチルリチン酸の含有量が日本薬局方で規定されている2.5%以上にならなかったからです。しかし薬用植物資源研究センターの水耕栽培方式によって、栽培期間が1年3カ月以内でその規格を満たす甘草の生産が可能になったのです。

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(水耕栽培のウラルカンゾウ栽培期間は24カ月)

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(培養されたウラルカンゾウ

 研究そのものは2001年頃から始めていたそうですが、この成果が注目されたのは日本で使用される生薬のうち、約8割が中国からの輸入に頼っていることが背景にあります。

 2011年頃といえば、中国が世界の9割を供給するレアアース(希土類)を輸出規制したことで、ディスプロシウムなどのレアアース価格が急騰した時期でした。生薬も同じような状況になったら大変なことになる。なんとかしろとなったわけです。

 通常、漢方薬は2種類以上の生薬で構成されています。とくに甘草は漢方薬の約7割に使われており、もし中国が輸出規制をかければ国内の漢方薬市場に大きな影響を与えると考えられたのです。

名古屋議定書が発効すると影響する?

 もうひとつ、2010年に採択された生物多様性条約の名古屋議定書もリスク要因になるとの見方がありました。名古屋議定書にはいくつかの柱がありますが、とくに、「遺伝資源と並び、遺伝資源に関連した先住民の伝統的知識も利益配分の対象とする」箇所がポイントです。

 伝統的知識とは何か。その定義は曖昧模糊としていますが、漢方を伝統的知識として、中国がその権利を主張するとのシナリオです。ただし、中国はいまのところ名古屋議定書については沈黙状態です。議定書には署名もしていません。日本は署名していますが、批准はしていません。

 名古屋議定書は50カ国目が批准してから90日後に発効します。2014年5月にはデンマークナミビア、EU(欧州連合)、サモア(5月20日現在)が批准しました。これによって37の国と地域が批准したことになります。ということはあと13カ国です。今後はEUの加盟国の出かたが発効のポイントになりそうです。

栽培コストの削減と物流の改変に時間がかかる

 では甘草の植物工場栽培事業が遅れている訳はなんでしょうか。

 誰もが思うのは栽培コストが高い、でしょう。植物工場産の甘草は輸入ものの10倍ぐらいのコストがかかるそうです。ただし、生薬の輸入、保管などの物流コストなどを考慮すると、必ずしも植物工場産が高コストというわけではないようです。

 もうひとつ、こんな理由もあるようです。製薬会社が植物工場産の生薬を導入するには、従来から行っている生薬の物流の仕組みを変える必要があり、それに時間がかかるから、という見方です。ただし、漢方薬メーカーのツムラはすでに植物工場へ動きつつあるようです。

甘草がきかっけで、人工水耕栽培プロジェクトが走る

 いずれにせよ、甘草栽培の植物工場化がいろんな分野に影響を与えたことは間違いありません。たとえば、産官学が連携し、人工水耕栽培システムによる原料生薬栽培の実用化プロジェクトがいくつも、国内で立ち上がり、進められています。農水省は生薬の原料栽培のための支援事業を平成26年度から立ち上げています。時間はかかっても、いずれその成果が出てくるでしょう。

 資源リスクは複雑に絡み合った糸のような状態で、簡単にほどけません。技術ですべてが解決できるわけではありませんが、その突破口にはなる、そう思うのです。